読書感想 よもつひらさか 今邑彩
《掲載話》
* 見知らぬあなた
* ささやく鏡
* 茉莉花
* 時を重ねて
* ハーフ・アンド・ハーフ
* 双頭の影
* 家に着くまで
* 夢の中へ……
* 穴二つ
* 遠い窓
* 生まれ変わり
* よもつひらさか
現世から冥界へ下っていく道を、古事記では“黄泉比良坂”と呼ぶ―。なだらかな坂を行く私に、登山姿の青年が声をかけてきた。ちょうど立ちくらみをおぼえた私は、青年の差し出すなまぬるい水を飲み干し…。一人でこの坂を歩いていると、死者に会うことがあるという不気味な言い伝えを描く表題作ほか、戦慄と恐怖の異世界を繊細に紡ぎ出す全12篇のホラー短編集。
短編集を書評するにあたって、方法が幾つかあると思うが、全体を総括するような、数珠つなぎの物語群を一刀両断するような捌きかたをするのも力足らずで難しく、冒頭の一篇をもう一度読み返して所感を書くことにする。
『見知らぬあなた』という話は、『私』の近辺である日殺人事件が起こり、被害者は元夫によく似ている年頃だという。『私』はもしやと思い文通相手の『あなた』に相談するも……
という筋で読者を落ちまで一気に引き込む作品である。
以前、湊かなえの『ユートピア』の感想で書いたが、ミステリーは着地点から考えるか、トリックから考えるかで分かれるという。短編集『よもつひらさか』の作品群は後者の、純粋ミステリーに属している。
純粋ミステリーの場合、作者は自分の得意な戦型というか、生涯のテーマとしている物語のパターンが有り、今邑彩の短編集にもその色が見られる。ほとんどの短編で、次の3つの展開をして、ミステリーが成立している。
①忌避するような土着の風習。近親相姦など。猟奇殺人。そして謎。
②謎を解くために行動したり、状況の説明が入る
③謎を解く行為自体によって、いつの間にか、話者自身(主人公)が①の循環のなかに取り込まれている
ミステリー作家として、このパターンを探求し続け、一つも同じ話のない、読者を飽きさせないバリエーションを誇っているのが大変良かった。
さて『見知らぬあなた』であるが、『②謎を解くために行動したり、状況の説明が入る』の描写がうまい。
他人を語っていると見せて自分を語っている手法が用いられており、気付けば落ちに必要なピースが語られている、急峻な作りになっている。
描写のなかでは、一瞬前の展開を忘れさせる仕組みも用意されており、それはミソジニー/ミサンドリーの憎悪の描写である。読み手は愛憎入り交じるというより、共感を促す憎悪と、不安を呼び込む愛情に揺り動かされる。
手紙のなかで、『私もあの女にはずいぶんいじめられたことがあるからです』と女教師を評して言い、次の瞬間には電車事故で女教師は両足を切断されている。
『③謎を解く行為』の落ちに至って、『あなた』の『容貌コンプレックス』というような、落ち自体を揺るがすような踏み込み方をされていたことに気付く。
唯一矛盾点かな、と思ったのは、『わたし(主人公)』が出していた手紙についてだった。あの手紙はどこへいっていたのだろう。あなたはその手紙をどうしていたのか。冷蔵庫にものを隠したまま、何日も知らないままでいられるなら、一度も私が開いたことのない抽斗(ひきだし)にのなかにダイアル錠を掛けて隠して仕舞っていたのではないか、引っ越しの際にはどうしていたのだろう、きっと未開封のダンボールがあるのだ、と思った。
今邑彩作品は、長編の『蛇神』を読んだことがあったのだけど、短編がこんなに上手いとは知らなかった。後学のためにも、是非他の作品も読んでみたく思う。